細川ガラシャ(ほそかわ ガラシャ)

2018/03/25

2025年 大阪府

解説

[1563~1600]織豊時代のキリシタン。永禄6年生まれ。明智光秀の娘。細川忠興の妻。本能寺の変後、夫により丹後(京都府)味土野に幽閉される。豊臣秀吉にゆるされ復縁。高山右近らの影響で、天正15年受洗。関ケ原の戦いに際し、石田三成方の人質要求を拒否し、慶長5年7月17日家老の手でみずからの命をたった。38歳。名は玉。ガラシャ(伽羅奢)は洗礼名。

お墓

場所:崇禅寺(大阪府大阪市東淀川区東中島5-27-44)
撮影:2025年

メモ

大阪府大阪市中央区に越中井という史跡があります。細川忠興の屋敷にあった井戸跡で、石碑には「細川忠興夫人秀林院殉節之遺址」と刻まれており、細川ガラシャ終焉の地とされています。なお、宣教師オルガンティーノが、屋敷の焼け跡から見つかった遺骨を、堺のキリシタン墓地に埋葬したという説もあります。

越中井
撮影:2026年

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東京都在住の40代男性です。2005年から墓マイラーを始めました。

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