解説
[1563~1600]織豊時代のキリシタン。永禄6年生まれ。明智光秀の娘。細川忠興の妻。本能寺の変後、夫により丹後(京都府)味土野に幽閉される。豊臣秀吉にゆるされ復縁。高山右近らの影響で、天正15年受洗。関ケ原の戦いに際し、石田三成方の人質要求を拒否し、慶長5年7月17日家老の手でみずからの命をたった。38歳。名は玉。ガラシャ(伽羅奢)は洗礼名。お墓
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| 場所:崇禅寺(大阪府大阪市東淀川区東中島5-27-44) 撮影:2025年 |
メモ
大阪府大阪市中央区に越中井という史跡があります。細川忠興の屋敷にあった井戸跡で、石碑には「細川忠興夫人秀林院殉節之遺址」と刻まれており、細川ガラシャ終焉の地とされています。なお、宣教師オルガンティーノが、屋敷の焼け跡から見つかった遺骨を、堺のキリシタン墓地に埋葬したという説もあります。![]() |
| 越中井 撮影:2026年 |


