解説
[1862~1919]明治から大正時代の篆刻家。文久2年生まれ。明治22年東京にでて中井敬所にまなぶ。河井荃廬らと丁未印社をおこし、のち明治印学会を創設した。宮内省図書寮にながくつとめた。大正8年10月10日死去。58歳。美作(岡山県)出身。旧姓は山名。名は義邦。字は叔礼。お墓
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| 場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種17号16側) 墓正面:椿所岡本義邦墓 撮影:2025年 |
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