解説
[1814~1863]江戸時代後期の国学者。文化11年生まれ。橘守部の長男。父守部をたすけて、江戸の門人を指導する。天保15年寛永寺吟味役、浅草寺取締役となった。嘉永7年「橘守部家集」を編集した。文久3年6月29日死去。50歳。武蔵幸手(埼玉県)出身。通称は茂松、茂三。号は椎本。著作に「古語雑採」「万葉集地名部類」など。お墓
場所:長命寺(東京都墨田区向島5-4-4) 墓正面:橘冬照之墓 撮影:2019年 |
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