矢頭右衛門七(やとう えもしち)

2026/07/13

2026年 赤穂浪士 大阪府 武士

解説

[1686~1703]江戸時代前期の武士。貞享3年生まれ。赤穂四十七士のひとり。父の矢頭長助とともに大石良雄にしたがう。病没した父の戒名をかいた紙を兜頭巾の裏におさめて討ちいったという。元禄16年2月4日水野邸で切腹。18歳。名は教兼。

お墓

場所:泉岳寺(東京都港区高輪2-11-1)
場所:浄祐寺(大阪府大阪市北区堂島3-3-5)
墓正面:刃擲振劔信士 撮影:2026年

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