大石良雄(おおいし よしお)

2022/01/19

2020年 2025年 赤穂浪士 大阪府 東京都 武士

解説

[1659~1703]江戸時代前期の武士。万治2年生まれ。播磨(兵庫県)赤穂藩家老。儒学を伊藤仁斎に、兵学を山鹿素行にまなぶ。元禄14年藩主浅野長矩吉良義央にきりつけて切腹・領地召し上げとなったため、城をひきわたし京都山科にうつる。翌年同志46名を指揮して江戸の吉良邸に討ち入り主君の仇を討った。元禄16年2月4日切腹。45歳。幼名は喜内。通称は内蔵助。名は「よしたか」ともよむ。

お墓

場所:泉岳寺(東京都港区高輪2-11-1)
墓正面:忠誠院刃空浄剣居士 撮影:2020年
場所:吉祥寺(大阪府大阪市天王寺区六万体町1-20)
墓正面:忠誠院刃空淨劔居士 撮影:2025年
場所:一運寺(大阪府大阪市住吉区住吉2-6-23)
墓正面:忠誠院刃空淨劔居士 撮影:2025年

メモ

父・大石良昭の墓は、大阪市北区の円通院にあります。赤穂藩の大坂屋敷で亡くなったため、赤穂ではなく大阪に眠っています。墓石には「圓寂本務院英岳玄雄居士覺靈」と刻まれています。なお、右隣にある下部のみ残った墓石は、赤穂浪士・大石信清の父である大石信澄の墓です。

大石良昭の墓
撮影:2025年

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