解説
[1879~1919]明治から大正時代の華族、園芸家。明治12年6月6日生まれ。もと播磨姫路藩主酒井忠邦の長男。伯爵。園芸を愛好し、東京小石川原町の屋敷でおおくの草花を栽培、とくに七百余種の熱帯植物と菊の名品で知られた。大正8年9月22日死去。41歳。東京音楽学校(現東京芸大)卒。お墓
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| 場所:谷中霊園(東京都台東区谷中7-5-24)(乙8号14側) 墓正面:従三位伯爵酒井忠興墓 撮影:2025年 |
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