解説
[872~907]平安時代前期、宇多天皇の女御。貞観14年生まれ。藤原基経の3女。母は操子女王。阿衡の紛議収拾策として、仁和4年入内。均子内親王を生み、正三位にいたる。醍醐天皇の養母となり、その即位で皇太夫人とされ中宮を称した。七条后、東七条后とよばれる。延喜7年6月8日死去。36歳。お墓
| 場所:宇治陵(京都府宇治市木幡南山畑34-1) 撮影:2021年 |
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