解説
[1813~1895]江戸時代後期の大名。文化10年2月9日生まれ。藤堂高兌の子。文政8年伊勢津藩主藤堂家11代となる。海防のため大砲の鋳造、台場の築造にあたるいっぽう、安政5年町人のため郷校修文館を開設。公武合体論者だったが、戊辰戦争では津藩は新政府軍に参加した。明治28年2月9日死去。83歳。お墓
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| 場所:染井霊園(東京都豊島区駒込5-5-1)(1種ロ4号8側) 墓正面:正二位勲二等藤堂高猷墓 撮影:2025年 |
メモ
正室・砂子の墓は、同じく染井霊園の藤堂家墓域にあります。明治になってから亡くなったとはいえ、墓石はかなり小ぶりです。なお、砂子は高猷とは従兄弟の関係にあたります。大名家の正室は他家から迎えることが多い中、なぜ従兄弟同士の婚姻となったのかは不明です。![]() |
| 藤堂砂子の墓 撮影:2025年 |


