解説
[1838~1884]幕末から明治時代の写真家、洋画家。天保9年10月10日択捉島生まれ。箱館でロシアの画家レーマンに写真術や油絵をまなび、のち下岡蓮杖に師事。明治元年東京両国に写真館を、6年上野に画塾をひらく。3年日光、翌年荒廃した江戸城を撮影。陸軍士官学校で写真術、石版法を講義した。明治17年10月15日死去。47歳。名はのち文六。お墓
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| 場所:高龍寺(北海道函館市船見町21-11) 墓正面:温良院實参霊性居士 撮影:2026年 |
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