解説
[1843~1869]幕末の剣術家、武士。天保14年生まれ。心形刀流8代伊庭軍兵衛の長男。伊庭想太郎の兄。9代伊庭秀俊の養子となり、宗家(10代)をつぐ。講武所から奥詰勤務となり、将軍の護衛役として京坂におもむく。鳥羽・伏見の戦いで負傷、箱根戦争で左腕をうしない、江戸にもどり彰義隊にはいったが敗れた。明治2年5月12日五稜郭の戦いで死去。27歳。名は秀穎。著作に「征西日記」。お墓
![]() |
| 場所:貞源寺(東京都中野区沼袋2-19-28) |
![]() |
| 場所:五稜郭 一本松の土饅頭(北海道函館市五稜郭町44) 撮影:2026年 |

