市川鶴鳴(いちかわ かくめい)

2026/10/06

2026年 い 儒者 東京都

解説

[1740~1795]江戸時代中期から後期の儒者。元文5年生まれ。大内熊耳にまなぶ。上野(群馬県)高崎藩につかえ、信濃(長野県)飯田、薩摩(鹿児島県)などでおしえる。安永9年の著書「末賀能比連」で本居宣長の古道論を批判、論争をおこした。寛政7年7月8日死去。56歳。名は匡、匡麻呂。字は子人。通称は多門。

お墓

場所:光明寺(東京都港区虎ノ門3-25-1)
墓正面:寉鳴市川先生墓 撮影:2026年

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子

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