解説
[1411~1492]室町時代の武将。応永18年生まれ。太田資房の子。太田道灌の父。扇谷上杉持朝の重臣。宝徳2年足利成氏と江の島で戦う。康正元年持朝の子顕房が討ち死にしたのを機に武蔵越生(埼玉県)に隠退。連歌にもすぐれ、飯尾宗祇らをまねいて「河越千句」をおこなった。延徳4年2月2日死去。82歳。幼名は源六郎。号は道真。お墓
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| 場所:龍穏寺(埼玉県越生町龍ヶ谷452-1) |
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| 場所:法恩寺(東京都墨田区太平1-26-16) 墓正面:元祖自得軒道真大居士 撮影:2026年 |
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