解説
[1661/63~1733]江戸時代前期から中期の国学者。寛文元/3年9月25日生まれ。尾張名古屋藩士。儒学、国学、仏教などに通じ、「尾張風土記」の編集に参加。正徳5年に鉄砲頭となる。随筆「塩尻」が有名。享保18年9月8日死去。71/73歳。字は子顕。通称は権三郎、源蔵、治部。号は残翁、白華。法名は信阿弥。著作はほかに「神器授受伝」「神宮問集記」など。お墓
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| 場所:性高院(愛知県名古屋市千種区幸川町3-6) 撮影:2025年 |
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