解説
[1770~1807]江戸時代後期の大名。明和7年4月1日生まれ。松平近形の3男。兄近儔の養子となり、文化元年豊後(大分県)府内藩主松平(大給)家7代。3年七島藺の専売仕法をあらため、藩財政の強化をはかった。文化4年9月5日死去。38歳。通称は欣弥。お墓
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| 場所:見樹院(東京都文京区小石川3-4-14) |
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| 場所:上野ケ丘墓地公園(大分県大分市上野ケ丘1) 墓正面:淨岳院殿暁譽飜然清遊大居士 従五位下主膳正松平氏源近義 撮影:2025年 |
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