平忠房(たいら の ただふさ)

2018/01/16

2019年 山口県 武将

解説

[?~1186]平安時代後期の武将。平重盛の6男。安元2年能登守となる。元暦2年2月の屋島の戦いのあと紀伊に湯浅宗重をたよる。源氏方とたたかったが、宗重の勧めで自首し、鎌倉におくられ、文治元年12月16日きられた。通称は丹後侍従。

お墓

場所:赤間神宮(山口県下関市阿弥陀寺町4-1)
撮影:2019年

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