解説
[1823~1869]幕末の僧。文政6年10月3日生まれ。江戸上野の天台宗東叡山真如院住職、輪王寺宮執当。慶応4年能久親王とともに新政府軍に徳川家の救済を嘆願するが失敗。以後主戦論に転ずる。上野戦争に敗れ、会津、仙台へとのがれるが捕らえられ、明治2年2月26日東京の獄中で病死した。47歳。武蔵新座郡(埼玉県)出身。俗姓は金子。号は覚王院。お墓
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| 場所:谷中霊園内真如院墓地(東京都台東区谷中7-5-24) 墓正面:寂靜心院義觀塔 撮影:2025年 |
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