解説
[1717?~1817]江戸時代中期から後期の儒者。享保2年?生まれ。出雲松江藩の江戸詰めの武士であったが、その奇行と高慢さから天狗とよばれ、みずからも天愚斎と名のる。また孔子の子孫を自称し、名を孔平とした。千社札の考案者ともいわれる。文化14年4月1日死去。101歳? 名は信敏。字は求之。通称は喜内。著作に「論語徴考」「先秦真解」など。お墓
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| 場所:泰宗寺(東京都豊島区駒込7-1-1) 撮影:2025年 |
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