解説
[1741~1786]江戸時代中期の大名。寛保元年10月23日生まれ。前田吉徳の7男。兄重靖の養子となり、宝暦4年14歳で加賀金沢藩主前田家10代。明和8年弟治脩に家督をゆずったが、天明5年財政再建のためふたたび藩政の指揮をとった。天明6年6月12日死去。46歳。初名は利篤、のち重基。歌集に「春鞍草」「江山集」。お墓
| 場所:野田山墓地(石川県金沢市野田町) 撮影:2009年 |
メモ
正室・千間姫の墓も、同じく野田山墓地にあります。千間姫は紀州藩7代藩主・徳川宗将の娘です。前藩主・前田重靖の婚約者も紀州藩から迎えられていましたが、結婚前に重靖が死去しました。そのため、重教の正室としても紀州藩から千間姫が迎えられたものと思われます。| 千間姫の墓 撮影:2009年 |