解説
[1878~1963]明治から昭和時代の日本画家。明治11年3月4日生まれ。独学で画をまなび、また有職故実を研究。歴史画や大阪の市井風俗をえがいた。昭和33年芸術院恩賜賞。37年大阪市名誉市民。昭和38年9月4日死去。85歳。鳥取県出身。本名は藤太郎。作品に「山市朝雨」「春秋難波人」など。お墓
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| 場所:大阪市営南霊園(大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋4-19-115) 墓正面:菅楯彦 菅美記 之墓 撮影:2025年 |
メモ
妻は、「日本三名妓」の一人と言われた富田屋八千代(本名・遠藤美記子)です。もともとは大阪市天王寺区の四天王寺に墓がありましたが、菅楯彦の墓を建立する際に改葬されたようです。なお、四天王寺にあった旧墓石は、現在も無縁墓の中に置かれています。![]() |
| 菅美記子の旧石 撮影:2025年 |


