解説
[1893~1968]昭和時代の教育者。明治26年2月25日生まれ。広池千九郎の長男。父の跡をつぎ、道徳科学研究所理事長、広池学園理事長、麗沢大学長などをつとめ、道徳科学をひろめた。昭和43年8月18日死去。75歳。東京出身。東京帝大卒。著作に「道を悟る」など。お墓
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場所:雑司ヶ谷霊園(東京都豊島区南池袋4-25-1)(1種11号2側) 墓正面:廣池家之墓 撮影:2025年 |
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墓マイラーが行く。
初めてコメントさせていただく、三枝麗と申します。
返信削除いつも訪問前の参考にさせていただいているほか、訪問済みで見落としていた柱のチェックにも利用させていただいております。まことにありがとうございます。
さて、本稿の広池千英氏についてなのですが、私も先日お参りさせていただいた折、同氏の名前がどこにもなかったもので、果たして同氏がこのお墓に眠っているのかどうか自信がございませんでした。
普通に考えれば、跡を継いだ息子なのだから墓誌に名前がなくとも当然眠っておられるはず、と考えますが(他にも同様の例あり)、同墓域の広池千九郎氏の顕彰碑の裏に刻まれている広池家歴代の墓誌には同氏の名前がなく、代わりに千九郎氏の助手であり婿養子となった西洋哲学者広池利三郎氏の名前が「千九郎養嗣子」という肩書きとともに刻まれているので、ひょっとしたら千英氏は分家のような立場で別場所にお墓が建てられているのかと思っていた次第です。
その辺の事情は何かご存知でしょうか?
三枝麗様
削除コメントをいただき、誠にありがとうございます。また、当サイトをご活用いただき、大変嬉しく思います。
いただいたコメントは大変興味深く拝読いたしました。私が参考にしておりました「著名人の墓所(森光俊 著)」より、広池千英氏はこちらの墓に眠っているものと判断しておりました。しかし、三枝様のご指摘のとおり、墓誌に名前がない点や、広池家歴代の墓誌に記載がなく、代わりに広池利三郎氏の名前が「千九郎養嗣子」として刻まれていることから、別の場所に埋葬されている可能性も考えられます。
新たな情報が得られましたら、サイトに反映させていただきます。ご存知の情報や、今後何かお気づきの点などございましたら、ぜひ再度ご教示いただければ幸いです。
引き続きよろしくお願い申し上げます。