解説
[1793~1837]江戸時代後期の武士、儒者。寛政5年1月22日生まれ。大坂東町奉行所で名与力と評される。38歳で辞職、私塾洗心洞で陽明学を教授。天保の飢饉に際し奉行所に窮民救済を進言するがいれられず、蔵書をうって救済につとめ、天保8年決起するが鎮圧され、3月27日自刃。45歳。名は正高、のち後素。字は子起。号は連斎、中斎。著作に「洗心洞箚記」「古本大学刮目」など。お墓
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場所:成正寺(大阪府大阪市北区末広町1−7) 墓正面:中斎大塩先生墓 撮影:2016年 |
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